【その1】人形の原型と複製



左は愛知県の旭(あさひ)土人形(高さ:30.8cm)、右は岐阜県の広見土人形(同:28.2cm)です。
いずれも産地の違う人形ですが、大きさの大小を除けば、ポーズや、小袖の部分に
浮き彫りにされた桜紋様の位置など、細部まで、実にそっくりに出来ています。

一見すると、片方の人形をまねて、もう片方を一回り小さくして複製したように思えますが、
実は、この人形においては広見の土人形が、旭の人形からの抜き型で製作された事を表しています。

そもそも、こういった土人形を作るに当たっては、

(1):原型となる人形(雄型・凸型)を作る。
(2):その人形に粘土を被せて雌型(凹型)を取る。(前後2枚の合わせ型が一般的です)
(3):雌型の内部に粘土を押し付けて成型したものを型から抜いて接着し、乾燥後に焼成する。

といった手順を踏む必要があるのですが、原型の出来は人形としての良し悪しを決める
大事なポイントですので、製作に当たっては、それなりの造形の技能が要求されるため、
特に大型の人形などに関しては、そうそう簡単に素人が作れるものではありません。

そこで生まれたのが、手っ取り早く人形の雌型を作るための方法として、
他の場所から買い入れるなどした人形に、粘土を被せて雌型を作ってしまうという方法です。

ただし、この方法では非常に簡単に雌型を作る事が出来ますが、
型を取った雌型は、もちろんそのままでは使用に耐えないので、一旦焼成する必要があります。

しかし、陶芸をされておいでの方などはご存知かと思いますが、粘土は焼成する事によって
縮みますので、型自体の大きさは、元の原型となった人形よりも小さくなってしまいます。

そして、その雌型を使って型抜きをした人形を焼成すると、元の雄型として型を取った人形よりも
更に小さい人形が出来上がると言う事になります。

つまり、上記の広見の土人形が、旭のものと比べて ひと回り近くも小さいのは
そういった理由に拠るからなのです。

ついでながら、こういった抜き型によって人形を作る時のもうひとつ欠点としては、
抜き型を取るための原型となる人形が、本来は彫が深くディティールが細かいものであっても、
彩色の時に下地となる胡粉や、その上に塗料が塗られる事により、その時点で、既に細部が
塗料の厚みにより、ある程度まで不明瞭となっている状態の人形に粘土を被せて型を取るため、
抜き型で作った人形は、更にディティールが甘くなってしまうという事が挙げられます。

なお、このように他の産地の人形から抜き型を作るというのは、人形のサイズの大小に関係無く
実際には、全国各地の人形産地で行われていたため、この事例だけに限った事ではありません。

※産地によっては、生産されている人形の種類の総数の内、8割以上が他産地の人形からの
抜き型で構成されているような場所もあります。【例:飯岡土人形(千葉県海上郡:現在は廃絶)】

こういった人形が作られた当時においては、例えば伏見人形のような、中央から移入してきた人形が
売れるとなると、「じゃあウチの地元でも作ってみるか」といったような理由から人形の製作を始めたり、
他の産地で売れ行きが良い型の人形があると聞いて、色彩までそっくりな人形を作る事もありました。

…もっとも、いくら似せても、何らかの理由で本家となる人形と同様の絵の具を使用できなかったり、
表情の描き方や彩色に作り手のクセが出るものなので、完璧な模倣というのは無理なのですが。

もちろん、今でしたら著作権や知的所有権の問題やらで非常にうるさい事になりますが、
当時は、そういった事に対して おおらかな時代でしたので、一向に問題になりませんでしたし、
何よりも、本家となる人形に対して如何に肉薄できるかというのも、腕の見せどころでもあったのです。

 

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